2020年東京オリンピック決定報道から見る

中国の「複雑な」心理

 

矢野経済信息諮詢(上海)有限公司

市場開発部 主任

森下智史

 

 中国時間の9月8日4:00過ぎ、2020年のオリンピックおよびパラリンピックの開催地に東京が選ばれた。もちろん中国でもその報道がなされているが、現地で生活している身から見ると、その中に現代中国の表現できない「複雑な心境」が見え隠れしている。

 

 9月8日は早朝から各新聞社やネットメディアが微博を通じて「開催地が東京に決定」の報道を行った。その報道は事実を淡々と語ったものだったが、それらの記事にはネットユーザーたちの「熱い」書き込みがなされていた。

 その一部を拾ってみると

  ・不愉快だ(気持ち悪い)

  ・何かの間違いだ。なんで小日本なんかに。

  ・政治的謀略に決まっている。

  ・まだ開催地変更はありえるだろ。

と、案の定否定的見解が極めて多かった。また、一部からは

  ・核汚染された国でオリンピックなんて出来るのか?

  ・2020年までに東京って存在しているのか?(おそらく放射能を心配している)

といった、福島第一原発の放射能の影響を心配する向きもある。

 しかし、否定的な意見だけではない。微博上には日本語や日本観光、ファッション、サブカルチャーなどを紹介するアカウントも多く存在しており、そういったアカウントの東京招致決定に関する報道には、

  ・おめでとう!

  ・2020年は東京に行くぞ!

  ・さすが日本

といった、日本をたたえる声や

  ・これでオリンピックを見るために徹夜しなくていい

という、現実的な意見、また

  ・日本は嫌いだけど、誘致活動がんばった。

  ・こうした日本の力に学ばなければ

などの冷静さを見せる書き込みも少なからず存在している。

 

 さて、ネットに比べ、中国国営放送である中央電視台(CCTV)の報道は極めて冷静、というか異常なほど報道が少なく、その事実を伝えることを避けているかのような雰囲気だった。

 やがて8日の午後から徐々に2020年オリンピック開催地決定の報道がなされ始めたが、その見出しは「マドリード、イスタンブール落選。開催地は東京に」という、なんとなく微妙な報道の仕方で、テレビに映し出されたのは発表の瞬間とその時の東京代表団の表情が一瞬、そしてイスタンブール市民やマドリード市民の表情を伝えるにとどまっている。

 国際ニュースにおいてももっぱら習近平国家主席のカザフスタン訪問、シリア問題、エジプト問題などを取り上げながら、オリンピック決定にはトピックス的な取り扱いにとどめているのである。

 

 こうしたネット、そしてテレビ報道から、今の中国の複雑な心境が見え隠れする。

 中国は2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博によって、ようやく世界の舞台で認められるようになった、という自負がある。もちろんGDPが日本を追い抜いたこともあり、「東京にも追いついた」という心理があっただろう。

 しかし今回、東京は2度目のオリンピック開催を決めてしまった。しかも、景気が低迷し、なおかつ両国間の険悪ムードが続いているなかでである。

 CCTVの微妙な扱いについても、中国政府、外交筋から公式な祝辞などが出ていないところを見てみても、今の段階では「どう反応しようか」というのを迷っているようにも見える。

 その中国(中国人ではなく、国として)の心理は、ある友人の一言が言い当てているように感じる。

 いわく「仲の悪いご近所さんが宝くじを当てたのを横で見ていた気分」。

 …たしかに複雑である。

 

 ただ、こうした中国の心理。今後の日本もきちんと見極めなければいけない。オリンピック開催によって、日本には多大な経済効果が得られると多くの人が見ている。その中でも、やはり観光収入の増加は大きな期待を寄せられている。その中で、所得が増加し、海外での消費が伸び続けている中国は、極めて重要な「お客さん」になりえるだろう。

 しかし、この「お客さん」は日本に対して極めて複雑な感情を抱き、印象を持ってしまっている。こうした客層を狙っていくかいかないか、狙うとしてどう狙うのか。そのためにはこの7年間に、継続的な中国消費者への調査を行い、その心理を把握していく必要があるだろう。